観閑八角堂

悲心さまが立ち上がり、その前に休憩所があれば、と話していたら、焼けた首里城を建てた藤田社寺さんが、それはいい、と乗っていただき、余り材があるので、それで造りましょうと、格好の整った八角堂が出来上がりました。

天井周りには、今回観音像遷座に応援していただいた方々の芳名が記されています。ベンチはチーク材があったので、それで造りましょうと、三面の勿体無いベンチが据えられています。