息吹は今も此処にあります 掲示板2023年9月

おはようございます。

生きた人の

息づかいは

時を経て

よみがえる

九月は秋彼岸

いよいよ9月です。

9月10日は御開山の祥月命日。

4年ぶりに御開山忌法要、大般若六百卷転読祈願法要を勤めます。

長い間あくと、準備の段取りを忘れてしまいます。

まぁやりながら思い出して行きたいと思っています。

御開山さんが遷化されて580年位。

そのお身体はなくなり跡形もありません。

でも、御開山玉翁正光和尚の開かれた金剛院は今も、ここにあります。

準備をし、法会を勤めることによって、当時の様子に想いを馳せます。

なぜ金剛院と名付けられたのだろう。

なぜ山号を慧日山とされたのだろう。

本尊さまは、当時携わった人々の分身?では?

最終的に此処に建てると立てると決断された時のお心中は?

資金は?

怒涛のような毎日であったでしょう。

それを支えた信心の深さ。

さらに、600年近く連綿と受け継いだ方々の想い。

御開山は亡くなって何も残っていませんが、

でも、

その息吹は今も此処に厳然としてあります。

法会を勤め、その息づかいを汲み取って行きたいものです。

歌手加藤登紀子さんの言葉から。

今生きるということは、亡き人と共に生きているということ。

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諏訪 普現

昭和24年10月1日 小田原にて生まれる。6才から武生の庵寺で育つ。昭和53年28才福井市霊泉寺住職。翌年、鯖江市長禅寺兼務住職。昭和62年から平成元年にかけ、禅林寺、長禅寺同時期に本堂再建。平成2年より武生市金剛院、福井市禅林寺住職。同時に伝道掲示板書き始める。平成30年、禅林寺に慈恩立ち直り観世音石像建立。 現在、福井刑務所教誨師。