一葉落ちて 天下の 秋を知る(掲示板2021年11月)

一葉落ちて 天下の 秋を知る

曹洞宗の月刊誌からの流用です。
中国古代の思想書『淮南子(えなんし)』が出典と云うことです。

今、お寺も一葉どころではなく、落ち葉が日々大量に降り落ちています。私も、暦より落ち葉を見て秋だなぁと感じでいます。

今日も、軽トラック一杯に、落ち葉を集めて清掃センターへ持ち込みました。軽い落ち葉ですが百二十キロでした。

葉として一つの役目を終えた落ち葉ですが、見ると色づいた一枚一枚は美しいというか、深みのある色、形をしています。清掃センターへ持ち込むにはもったいないようです。

経典『信心銘』には、『一即一切、一切即一』と示されています。

細やかなたった一つの中に全宇宙の存在があり、宇宙の全存在はたった一つの中に凝縮されていると。

姿、形はどうであれ、一つ一つ掛け替えのない存在であると。

私は、この教えを大事に受け取っています。

また、金子みすゞさんの詩『お仏壇』の一節に『こぼれた花びらを踏んだりしてはいけないの』そんな詩の一文も想い出しながら、秋の中に身を置いています。 

この記事を書いた人

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諏訪 普現

昭和24年10月1日 小田原にて生まれる。6才から武生の庵寺で育つ。昭和53年28才福井市霊泉寺住職。翌年、鯖江市長禅寺兼務住職。昭和62年から平成元年にかけ、禅林寺、長禅寺同時期に本堂再建。平成2年より武生市金剛院、福井市禅林寺住職。同時に伝道掲示板書き始める。平成30年、禅林寺に慈恩立ち直り観世音石像建立。 現在、福井刑務所教誨師。