黄昏時は人を優しくする 掲示板2023年11月

11月の掲示板。

私がさびしいときに

よその人は知らないの

 

私がさびしいときに

お友だちは笑ふの

 

私がさびしいときに

お母さんはやさしいの

 

私がさびしいときに

佛さまはさびしいの

さびしいときに 金子みすゞ

晩秋は黄昏(たそがれ)。

黄昏時は人を優しくするようです。

黄昏時の坐禅もあり、暁天や夜坐と違った落ち着きと、深さがあります。

この詩を書かれた時、みすずさんは黄昏の中に、身を置いていたのかもしれません。

不知、笑、やさしさ、同悲のさびしさ。

人はその歩みの中に、超えられないさびしさを、かかえながらの歩みなのかもしれません。

悲しさ、さびしさ、つらさ、刹那さ、などなど、負と思われる心は、とても大事なのかもしれません。

太陽が沈まんとする夕陽の中に身を置く時、それは、全てを包み込む深さ感じます。 

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諏訪 普現

昭和24年10月1日 小田原にて生まれる。6才から武生の庵寺で育つ。昭和53年28才福井市霊泉寺住職。翌年、鯖江市長禅寺兼務住職。昭和62年から平成元年にかけ、禅林寺、長禅寺同時期に本堂再建。平成2年より武生市金剛院、福井市禅林寺住職。同時に伝道掲示板書き始める。平成30年、禅林寺に慈恩立ち直り観世音石像建立。 現在、福井刑務所教誨師。