供養に応じる

ベトナムでは今日は両親感謝の日?
それでお参りに来ました。と。
悲心さまに、手を合わせ頭を下げていました。

一月に日本に来ました。パンを作っています。
どうぞどうぞと沢山差し出されます。

勿体ないからいいです、と言っても言葉は通じません。
これ美味しいのです。
とうとう、私にお供えされてしまいました。

両親の写真も見せてくれました。
まだ若い様子のご両親。

いろいろ話しても、殆ど通じない状態でしたが、
最後は最高の手を振って、笑顔を残して自転車で帰って行きました。

このような心のこもったパンはとても食べれません!
孫に説明をして渡して来ました。

本堂に並ばれる16羅漢さま、別の名前は応供。
供養に応ずることができる仏さま、いう意味です。

修行を積み、徳を重ね、はじめて供養に応じることができると、
言われます。
供養に応じるとは何なのか、よくわかりませんが、供養の問いをパンがしています。

一人の真心は 人を真心に導きます。
ベトナムのご両親、安心してください、娘さんは元気ではつらつとしていますよ。

祈りの心は届きましたか?

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諏訪 普現

昭和24年10月1日 小田原にて生まれる。6才から武生の庵寺で育つ。昭和53年28才福井市霊泉寺住職。翌年、鯖江市長禅寺兼務住職。昭和62年から平成元年にかけ、禅林寺、長禅寺同時期に本堂再建。平成2年より武生市金剛院、福井市禅林寺住職。同時に伝道掲示板書き始める。平成30年、禅林寺に慈恩立ち直り観世音石像建立。 現在、福井刑務所教誨師。