自由に受け止める

色紙や掲示板の文言は一方通行。 

見た方読んだ方がどう受け止められるかはわからない。 

自由に受け止めてていいのかと。 

何度も何度も同じ文言を書き続けている。 

でも書いた本人も忘れそう。 

書きながら書いた文言が、

我が心の奥底にに言い聞かせていく。 

書くたびに思いは変わってゆく。 

書くたびに同じ文言でありながら、

自分自身学び続ける。

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諏訪 普現

昭和24年10月1日 小田原にて生まれる。6才から武生の庵寺で育つ。昭和53年28才福井市霊泉寺住職。翌年、鯖江市長禅寺兼務住職。昭和62年から平成元年にかけ、禅林寺、長禅寺同時期に本堂再建。平成2年より武生市金剛院、福井市禅林寺住職。同時に伝道掲示板書き始める。平成30年、禅林寺に慈恩立ち直り観世音石像建立。 現在、福井刑務所教誨師。